誰でもわかる「特殊相対性理論」の矛盾2(補足)Contradiction of "Special Relativity Theory"

 前ブログで、思考実験などを使用して特殊相対性理論の矛盾を指摘しましたが、コメント返しを行っている時点で、説明不足な点があり、また、私が感じている理論の矛盾を思考実験を交え、説明します。


1. 光速度不変原理


 光速度不変原理とは、ブリタニカ大辞典によると「真空中の光の伝搬速度は互いに等速度運動している観測者に対して、観測者の速度によらず常に一定であるという原理」となっています。
 また別の本では、「光は光源と観測者の相対速度に関係なく、全ての観測者に対して同一の値を持っている。」となっていて、この考え方が一般的のようです。
 「全ての観測者に対して同一の値を持っている。」に関しては、「マイケルソン・モーリーの実験結果」と「波動方程式がガリレイ変換で不変でない」ことが大きなかかわりを持っています。 
 「マイケルソン・モーリーの実験結果」については、前ブログで詳しく考察してあります。
 この中で記述しましたが、ローレンツらが提唱した移動する物体の収縮理論は、光の媒質の固定エーテルを肯定するために出した理論で、収縮することにより、エーテル風の影響(地球で観測される光の速度が、C±Vになる。)があっても「マイケルソン・モーリーの実験結果」が得られるという考え方です。
 私も勘違いしていましたが、多くの物理学者の皆さんも「マイケルソン・モーリーの実験結果」は、移動する観測者は、どの方向の光速度もCと観測すると考えていると思います。
 移動する物体が、収縮するとどの方向の光速度もCでは、「マイケルソン・モーリーの実験結果」が得られないのです。(前ブログを参照してください。)
 移動する物体が収縮することにより、「全ての観測者に対して同一の値を持っている。」の根拠となる実験結果が消滅してしまうのです。
 収縮が起こると、地球の観測者は、マイケルソン・モーリーの実験結果を得るためには、光の速度をC±Vで観測することになるのです。
 本当に、光速度は「全ての観測者に対して同一の値を持っている。」のでしょうか。


2. ガリレイ座標系(ミンコフスキー時空図)の考え方


 アインシュタインは、「特殊及び一般相対性理論について」(金子 務 訳)の中で、座標系とガリレイ座標系について言及しています。
 アインシュタインの考え方では、棒や電車(剛体)に固着した座標系を考え、この剛体が等速度で、直線的に移動していると、固着した座標系をガリレイ座標系としています。
 この考え方は、同時性の否定で使った棒や、ミンコフスキー時空図の説明で使われた点の移動等で使われています。
 棒や点とともに移動する観測者がいると運動系の扱いになっているのです。
 この事柄について普通の電車と枠だけでできた電車を使って考察してみましょう。
 ガリレイ座標系の物理法則の状態がわかりやすいので、空気が存在する地上での考察をしてみましょう。
 速度Vで移動する枠だけでできた電車と普通の室内が密閉された電車があったとします。
 各電車に乗っている観測者がボールを室内で落下させました。密閉された電車に乗っている観測者は、ボールが、直線的に床面に垂直に落下するのを観測します。
 枠だけでできた電車に乗っている観測者は、ボールが放物線を描いて床に落下するのを観測します。落下する位置も当然違います。
 静止系で、ボールを進行方向に速度Vで投げ出すと、電車の中のボールと同じ軌道を描いて落下します。
 枠だけでできた電車の室内は、静止系と違うガリレイ座標系ではなく、静止系の空間なのです。
 移動している電車の室内だけが、静止系とは違うガリレイ座標空間なのです。
 移動する剛体に固着する座標軸が、併進運動しただけでは、静止系とは別のガリレイ座標系にはならないのです。
 アインシュタインの同時性の否定の時の思考実験やミンコフスキー時空図を作るときに、移動する剛体に固着する座標軸とは明記していませんが、この考え方が根底にあり、棒とともに移動する観測者は、静止系とは、別の系の扱いになり、ミンコフスキー時空図の時もX軸上にある点の移動の観測で、いつの間にか、静止系とは別のガリレイ座標系(論文中では別の系)になっていました。


 これらのことをミンコフスキー時空図の作成方法に着目し、合わせて矛盾も指摘しましょう。
 本来、ミンコフスキー時空図は、XY平面上の原点をから移動した点の動きと原点から照射した光の関係を経時的に立体化して示した図で、別のガリレイ座標系の事柄を表した図ではありません。点の周りには、静止系とは別のガリレイ座標空間は存在しないのです。
 では、枠でできた電車を使って時空図を作ってみましょう

       

                図-1
 静止系に枠だけでできた長さ2Lの電車が止まっているとします。
 ABを結ぶラインをX軸とし、AB点の中点のC点より、AB点に光を照射し、その時の時空図を作ります。(作り方等は省略します。)

           

                  図-2
(アインシュタインの特殊相対性理論:M.Born著林 一 訳 東京図書から引用)


 そして、t座標系は、A₁・B₁に光が到着した時間を表し、A₁・B₁はX軸に平行なのでA₁・B₁は同時刻であるとしています。
 次に電車を速度Vで移動し、同じようにC点からA・B点に光を照射し、アインシュタインの方法にしたがって、時空図を作ります。

           

                 図-3
 この図で、A´₁・B´₁とは同時でないとしています。
 そして、「この系と一緒に運動している観測者は、これと同等の権利で、A´₁と
B´₁は同時事象(世界点)であると主張することができる。
」としています。
 点の移動が、いつの間にか静止系とは別のガリレイ座標系になっています。
 では、枠だけでできた電車に乗っている観測者の周りの状態を見てみましょう。
 電車の光が移動する空間は、前の章で言及しましたが、静止系の空間です。電車に乗っている観測者の周りは、静止系の空間で、静止系の空間を物が移動しているだけです。
 運動系の法則が適用される空間は、存在しないのです。
 次に、電車に乗っている観測者が観測する時間を見てみましょう。
 この事象は、棒とともに移動する観測者が、同時性を否定した時と同じように、棒の進行方向の光が棒を移動する時間と反対方向の光が、棒を移動する時間を違う値で測定しているので観測者と反対方向の光の到達時間は、
 TA´₁=L/(C+V)
を観測し、
 観測者と同じ方向の光の到達時間は、
TB´₁=L/(C-V)
を観測し、到達時間が違うので、移動する観測者は、同時とは認識しないのです。
 同時性の否定では、棒を往復する光で考察しましたが、A・B・C点に同期した時計を置き、C点より、A・B点方向に同時に光を照射し、A・B点に光が届く時間を見れば、上の時間を観測します。
 点とともに移動する観測者も時空図と同じような時間のずれを観測し、点とともに移動する観測者にとっても同時の事象ではないのです。
 光の世界線に使用している光と観測者が観測する光は、「静止系に光速度不変原理を適用すると」という言葉により、一つの光を観測し、その光は静止系の光その物なので、このような、当たり前の観測結果が得られただけで、同時でない現象を同時事象だとしている根拠がわかりません。(静止系を速度Vで移動する観測者が、静止系の事象を観測しているにすぎないのです。)
 同時性の否定の時は、同時でないと言及したのに、同じような操作(棒を光が移動する。)をした時に、同時だとしているのです。
 静止系を移動するものを別のガリレイ座標系にし、運動する観測者が同時でないと観測するのに、同時事象として扱っているのです。
 これがミンコフスキー図の実態なのです。


 では、密閉した電車の状態を考察したらどうなるのでしょう。
 密閉した電車の室内は、運動系のガリレイ空間と考えられるので、室内に静止している観測者は、どの方向の光の速度もCとして観測すると、観測者が観測する光の到達時間は、
TA´₁=TB´₁=L/C
を観測します。
 枠だけの電車で移動する観測者と密閉された電車で移動する観測者では、違う時間を観測します。
 二つの事柄で違う事柄は、枠だけでできた電車にいる観測者は、静止系の光を観測し、密閉された電車にいる観測者は、運動系のガリレイ座標空間の光を観察しているのです。
 同じ速度で移動する観測者が、観測する光が違うのに、光速度不変原理の下に、静止系で観測すると光速度は、Cになるとして良いのでしょうか?
 前ブログで、光の軌跡の速度が出てきた背景にはこのような考え方もあったのです。
 ミンコフスキー時空図は、虚構の時空図と言っているのはこのような観点からです。


3. 同時性の否定での運動系観測者が観測する時間とローレンツ因子算出の思考実験
 アインシュタインの論文【「運動物体の電気力学」(1905年)(アインシュタイン論文選 「奇跡の年」の5論文 青木 薫訳 ちくま学芸文庫)(「アインシュタイン相対性理論」内山 滝雄訳・解説)】で思考実験より、「同時性の否定」と「ローレンツ因子の算出」を行っています。
 この思考実験を組み合わせることにより、大きな矛盾が見いだせました。
 簡単に、同時性の否定とローレンツ変換の思考実験の説明をし、矛盾を指摘します。


 棒の両端A・Bに、静止系で同期した時計と棒とともに速度Vで移動する観測者を置き、時計の同期を行ったとする。
 時刻T₀でA点より光をB点に照射し、時刻T₁でB点に到達し鏡で反射されて、時刻
T₂でA点に戻ったとしよう。

         

                           図-4
 この時、移動する観測者は、
 T₁-T₀=rAB/(C-V)
 T₂-T₁=rAB/(C+V)
を観測し、時計が同期していないのを観測します。(rABは棒の長さを表します。論文に記載されたものをそのまま載せてあります。論文ではT₀はTAとなっています。)
 一方、静止系の観測者は、時計が同期しているのを観測するので、系間で同時性はないとしています。


 ローレンツ因子算出の思考実験
 速度vで移動する運動系kで起こった出来事の場所と時刻を指定する値ε,η,ζ,τに対して、静止系Kを指定する値x,y,z,tとを関係づける連立方程式を
 x´=x-vt
と置いて、求めています。
 速度VでX軸に沿って移動する運動系の座標軸と静止系の座標軸が重なった時刻を静止系の時計で、T₀とし、その時、原点よりX´に光を、照射し、時刻T₁で光がX´に到達し、鏡で反射され、時刻T₂で運動系の原点に戻ったとします。

       

                  図-5
 このとき、『1/2(τ₀+τ₂)=τ₁ は成り立たなければならない。』【(原論文の青木薫訳 )、として、関数τの引数を書き入れ、静止系で光速度一定の原理を用いると(原論文の青木薫訳)として、ローレンツ因子の算出を行っています。
(「成り立たなければならない。」は内山瀧雄訳・解説 の中では、「成立するはずである。」となっており、原論文を直接訳したものと内山氏の解説書では、若干ニュアンスの違いがあり、内山氏の本では、τに関する解説が追加してあります。)】
 τの式が成り立つためには、運動系で時計が同期していないと成り立ちません
 τの式が運動系で成り立っているのかを検証してみましょう。
 運動系のX´軸上に長さx´の棒を原点よりX軸に沿って置き、棒の両端に運動系(静止系)で同期した時計とともに移動する観測者を置きます。

        

               図-6
 時刻、T₀(τ₀)に原点よりx´に光を照射し、時刻T₁(τ₁)に光がx´に到達し、鏡で反射されて、時刻T₂(τ₂)で、原点に戻ったとします。
 運動する観測者は、
  τ₁-τ₀=r0x´/(C-V)
  τ₂-τ₁=r0x´/(C+V)
を観測し、時計が同期していないのを観測します。
 τの式が成り立たないのです。右辺の項目は、静止系で光速度不変原理適用した光を運動している観測者が観察して、出てきた時間です。
 時刻が遅れようが、進もうと時間が等しくなければ、同期していないことになるのです。
 同時性の否定の時は、座標軸がない状態で、静止系の時計を使っていますが、棒の長さをそろえれば、同じ時間を観測していることになるのです。
 このローレンツ因子を導いた光の移動状態と同時性を否定したときの光の移動状態は、同じです。同時性の否定の時に、運動系の観測者は、時計が同期していないことを観測するとしていたのですから、この状態でτの式は成り立たなければならないという根拠がなくなると考えるのですが???
  
静止系の観測者は、(x´は、原論文のものを使用 x´は長さに相当)
 T₁-T₀=x´/(C-V)
 T₂-T₁=x´/(C+V)
を観測します。
 議論の余地はあると思いますが、運動系の観測者が観測するr0x´と静止系の観測者が観測するx´の長さが等しければ、同じ時間を観測することになるのです。
 この状態では、τの式が成り立たないのです。
 こういう観点からもローレンツ因子は、虚構の数値と言っているのです。


 なお、ご意見・反論をお待ちしています。簡単なコメント「間違っている等」で結構ですので、よろしくお願いします。


 (補足追加事項  6月5日)


 読者とのメールのやり取りの中で、注目できる事柄があったので、ここに記載します。
 誰にでもわかる「特殊相対性理論」の矛盾 2のミンコフスキー時空図以降の考え方は、アインシュタインが出した結論を使って否定しただけです。
 アインシュタインは、同時性の否定で、運動する観測者が、別々の時間を観測し、同時性の否定を行っています。
 この結果を、応用して、ミンコフスキー時空図でアインシュタインが言っている「この系と一緒に運動している観測者は、これと同等の権利で、A´とB´は同時事象(世界点)であると主張することができる。」ということを否定しただけです。
 同時事象(世界点)とはなんですか?
 アインシュタインの考え方は、静止した状態で、光が同時刻に世界線に届いているから、動いているときに光が世界線に届いたところが同時刻としていると考えられるのですが。
 この同時事象(世界点)インチキなのが次の事柄でよくわかります。
 ミンコフスキー時空図の作成時に、A・B点よりC点に同時に光を照射してみましょう。静止したときの時空図を作成します。

         

 A・B・C点の世界線と光の世界線との交点A´・B´・C´を結ぶ線は、X軸に平行な線になります。
 A・B・C点を移動し、光を照射した状態は下記の図のようになります。

         

 アインシュタインの考え方をすると、この系と一緒に運動している観測者は、これと同等の権利で、A´とB´とC´は同時事象(世界点)であると主張することができる。
となり、C´2点も同時になるはずです、しかし、図を見ればわかるように、C´2点は、アインシュタインが定義する同時刻線上には、ありません。
 おかしいですね?
 本来の同時刻線は、A´とC´と(下)を結んだ線とB´とC´(上)を結んだ線なのです。これは、X軸に平行になります。
 ミンコフスキー時空図の実態はこのような事柄なのです。
 ミンコフスキー時空図自体は、XY平面上の原点から出た光と原点から移動する点の時空図で、どこにも他のガリレイ座標系など存在しません。
 それがいつの間にか、観測者がいて、移動する点が原点を離れ、時空図が、他のガリレイ座標系の事象を表していることになっているのです。
 点は、静止系の平面を移動しているものです。それを静止系の光で観察しているのです。光に向かったときと光から遠ざかるときでは、当然のこととして、移動する観測者は、違う時間を観測します。
 点の移動とガリレイ座標空間の移動の違いを枠だけでできた電車で説明しましたが、別の良い例えを考えたのでここに記述します。
 速度Vで移動する電車の室内と、外の壁に張り付いた観測者がいたとします。
 この観測者が、ボールを自然落下させました。室内の観測者は、ボールが自然落下するのを観測します。一方外の観測者のボールは、放物線を描いて落下します。
 同じ電車で同じ速度で移動していても違う物理現象を観測するのです。外の観測者は、移動していても、静止系の空間にいるので、このような現象を生じたのです。この外の観測者が、点や棒の移動に相当する物なのです。
 アインシュタインの著書「特殊及び一般相対性理論について」の中で、電車と軌道堤の雷を使用して同時性の否定を行っています。【電車の観測者は、軌道堤の光(静止系の事象)を観測しているのです。】
 この中で、光に向かっているときと遠ざかる時では、観測者が、光に向かったほうが早く光を認識するとして、同時性の否定を行っています。
 光に向かっている観測者と光から遠ざかる観測者は、違う時間を観測するという概念が、アインシュタインの考え方の中にあります。
 アインシュタインは、この考え方で、同時性の否定を行っています。
 同時性の否定では、移動する観測者の視点のみを使用し、その他の時は、この移動する観測者の視点を入れないで、ミンコフスキー時空図の作成では同時事象(世界点)という新しい造語をつくり、移動する観測者が同時と認識しない事柄を同時としているのです。
 また、ローレンツ因子算出の思考実験では、τの式が成り立たないのに、成り立たなければならないとして、算出を行っています。
 私は、時間の遅れに疑問を持ちアインシュタインの文献等を読みました。最初から疑問を持って読むと、同時でないと一方で言及しているのに、同じような事象の観察で、別の場合は同時になっているのです。
 よく考えれば、理論の組み立て方の矛盾がわかっていただけると思っています。
 皆さんも、もう一度、自分の考え方で、(本の内容を覚えるのではなく)本を読んでいただければ、矛盾を理解していただけると考えています。